ウィリー・ディクソン

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経歴・特徴

ウィリー・ディクスンは、アメリカ音楽史上最高のソングライターの一人。「スプーンフル」、「バック・ドア・マン」、「フーチー・クーチー・マン」など、ブルースの名曲中の名曲を多数生み出した。50年代にチェス・レコードの専属プロデューサー、バンド・リーダー、ベーシスト、ソングライターとして活躍。マディ・ウォーターズハウリン・ウルフサニー・ボーイ・ウィリアムスンリトル・ウォルターなど大物ブルースマン達に楽曲を提供していた。60年代にはローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリンなど若いロック・スターたちが、彼の曲をとりあげた。そしてウッドベースをボンボンと弾くこのシカゴ・ブルースの偉人は、ブルースとロックンロールを結ぶ最初の人物となったのである。ディクソンは、南部にいた頃、母親から音楽を習った。シカゴに出てからは、プロボクサーを目指したり(イリノイ州ヘビー級選手権に勝ち、ジョー・ルイスとスパーリングしたことも)、徴兵拒否により逮捕されたりと変化に富んだ生活を送ったが、ギタリストのバーナード・デニス、ピアニストの“ベイビー・ドゥー”キャストンと結成したビッグ・スリー・トリオのベーシストとして音楽業界にかかわるようになる(トリオは1946年から1952年にかけてコロンビアに録音した後、解散)。チェス兄弟と出会い、彼らの下で働き出したディクソンが、戦後シカゴのブルース・シーンで果たした役割は今日ではよく知られている。60年代になるとディクソンは、シカゴ・ブルース・オールスターズを率いてヨーロッパ・ツアーを始め、自分名義のレコードもつくったが、彼本人はうまいシンガーではなかった。1982年にはブルース・ヘヴン・ファウンデーションを創立。講義、楽器寄贈、奨学金授与を通して、ミュージシャン育成に貢献した。

外部リンク

Willie Dixon - Nervous

YouTube動画。ウィリー・ディクスン 「Nervous」。1963年12月18日ロンドンでの演奏。Digital Video Singlesによって配信されている。