ブラウニー・マギー

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経歴・特徴

南北カロライナのブルース・シーンで自己のスタイルを作り、40年にブラインド・ボーイ・フラー的な歌を録音。一時ブラインド・ボーイ・フラーNo.2を名乗った。ニューヨークに出たマギーは、サニー・テリー、レッドベリー、ジョッシュ・ホワイトらと交流。軽快なアコースティック・ブルースを白人聴衆の前でも披露し、受け入れられた。40年代後半から50年代半ばまでは、エレクトリック・ブルース、R&Bも吹込んでいるが、これがえらくカッコ良い。弟のスティック・マギーや他のアーティストのレコーディングでも活躍。50年代後半からフォーク・ブームに乗って、サニー・テリーと大量の録音を残し、この二人はブルース界で最も有名なコンビとなる。86年にテリーが亡くなるまでコンビは続いた。

外部リンク

Brownie McGhee: Two Songs

YouTube動画。「Kansas City Blues」と「Me and My Dog」の2曲を演奏している映像。Stefan Grossman's Guitar Workshop が DVD "Brownie McGhee: Born With The Blues 1966-92" のサンプルとして配信しているもの。

Sonny Terry and Brownie McGhee: Two Songs

YouTube動画。ハープのサニー・テリーとのコンビで「My Baby's So Fine」とメドレー曲「Poor Man / Fighting a Losing Battle」を演奏している映像。Stefan Grossman's Guitar Workshop が DVD "Sonny Terry: Woopin' the Blues 1958-74" のサンプルとして配信しているもの。

Sonny Terry and Brownie McGhee: Two More Songs

YouTube動画。サニー・テリーとともに「Red River Blues」と「Crow Jane」の2曲を演奏している映像。Stefan Grossman's Guitar Workshop が DVD "Brownie McGhee & Sonny Terry: Red River Blues 1948-74" のサンプルとして配信しているもの。